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サンタマリア

「サンタマリア」

言わずと知れた、米津玄師さんのメジャーデビュー曲です


先日米津さんの大ファンである息子と話をしていて、「サンタマリア」の話題になりました


歌詞の意味するところについて、色々話すうちに、どうやらこれが真実ではないかという仮説に行き着いたので、それについて綴ってみようと思います


私の仮説では

「登場人物は2人」です


一見したところ歌詞の中ではあなたと私、サンタマリアの3人のように捉えられますが、歌詞の中の、「あなた」とは過去の僕(引きこもり期〜ハチ期)「僕」とは現在〜未来を見据える米津さん自身ではないかと…


サンタマリアという存在は、米津玄師をメジャーデビューさせた女性社長ではないかと仮定すると色々と腑に落ちます


以上の仮定のもと、米津玄師のサンタマリアの歌詞とMVを紐解いていきましょう


あくまで、私見ですが

(^^;;


サンタマリア

米津玄師 作詞・作曲


掌をふたつ 重ねたあいだ

一枚の硝子で隔てられていた

ここは面会室 あなたと僕は

決してひとつになりあえないそのままで話をしている

(まー解説)

僕は、自分自身に問いかけた。過去の僕とこれからの僕、まだ気持ちの整理ができていない。ハチも僕自身だし、米津玄師も僕自身だ。しかし、それが一つになりあえない矛盾を感じている

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今呪いにかけられたままふたりで

いくつも嘘をついて歩いていくのだろうか

しとやかに重たい沈黙と優しさが

見開いた目と その目を繋いでいた

あなたは少し笑った

(まー解説)

「呪い」や「いくつもの嘘」と表現したところに、引きこもりやハチ時代の影を引き摺ってメジャーの舞台に立つことに、米津自身わだかまりを感じているのではないでしょうか

また、MVには黒い人物と白い人物が登場しますが、ちょうど鏡を見ているように黒い人物が傘を持てば白い人物も傘を持ちます。

MVの途中からは間の硝子を挟んでシンメトリーになっていることが、自分自身の投影ということを表しているように感じます

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サンタマリア 何も言わないさ

惑うだけの言葉で満たすくらいならば

様々な幸せを砕いて 祈り疲れ

漸くあなたに 会えたのだから

一緒にいこう あの光の方へ

手をつなごう 意味なんか無くたって

(まー解説)

ここで新しい登場人物、サンタマリアが出てきます

サンタマリアは「マリア様」のことですが、私はこの存在が米津玄師の人生を大きく左右する女性=事務所の女性社長を暗示しているのではないかと思います

この女性と一緒に光り輝く未来に向かっていこうという決意を文脈から感じるのです

またそうするためには、自分の過去を総括し、ハチと米津玄師が手を取り合って歩を進めることになるのかな。そこに大きな意味を自分は感じていないのだけれど…となるでしょうか

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いつか紺碧の 仙人掌が咲いて

一枚の硝子は崩れるだろうさ

信じようじゃないか どんな明日でも

重ねた手と手が触れ合うその日を

呪いが解けるのを

(まー解説)

「いつか紺碧の仙人掌が咲く」ここの解釈は難しかったのですが、仙人掌の花は開花までに30年以上かかる品種もあり、過去の自分と決別して、未来に大輪の花を咲かせるまでには長い年月がかかるだろうとの予想を表現したのではないかと思います

そしてどんな未来が来ようとも、過去を昇華してこれからの自分の表現がいかようになろうとも、明るい未来が来るのを信じようという決意を感じます

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今この間にあなたがいなくなったら

悲しさや恐ろしさも消えてしまうのだろうか

昏い午後の道端で探しまわった

呪いを解かす その小さなナイフを

汚れることのない歌を

(まー解説)

今この瞬間に僕の過去がなくなったら、今感じている悲しさや、恐ろしさも消えてしまうのでしょうか

過去のわだかまりを消すために、小さなナイフや汚れることのない歌を探し回ったが、すぐに見つかるものではありません

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サンタマリア 全て正しいさ

どんな日々も過去も未来も間違いさえも

その目には金色の朝日が 映り揺れる

点滴のように 涙を落とす

その瞳が いつだってあなたなら

落ち込んだ 泥濘の中だって

(まー解説)

泥濘と金色の朝日という、両極端のものを対比をさせることで、今もがき苦しんでいてもいつか、そこから脱し、輝く朝日を見る日が来るよという、米津さんの願いが感じられます

そして、そこに至る道は、たとえ一般的には非難さあれることであっても、間違いであってもすべて正しい

つまり、人生は「社会の常識などで決められた通りに歩まなければならない事はない。多様性を受け入れ、それぞれの幸せの形がどうであれ、自分の理想とするところを目指して生きていこう」という想いが感じられます

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ここは面会室 仙人掌は未だ咲かない 硝子は崩れない

そんな中で一本の蝋燭が 確かに灯り続ける

あなたを見つめ あなたに見つめられ

信じることを やめられないように

(まー解説)

過去の自分と向き合う、イメージの鏡の前で、まだ過去の自分を昇華できずにいます

しかし、そんな中で懸命に生きる命とその想いは確かに灯り続けています。

過去から現在に至る一本の道は色々な回り道があっても確かに、現在につながっている。過去の回り道は現在をかたちづくっている。未来の自分は過去の産物なんだ。

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サンタマリア 何も言わないさ

惑うだけの言葉で満たすくらいならば

様々な幸せを砕いて 祈り疲れ

漸くあなたに 会えたのだから

一緒にいこう あの光の方へ

手をつなごう 意味なんか無くたって


サンタマリア 闇を背負いながら

一緒にいこう あの光の方へ

(まー解説)

ホントは米津玄師の曲を解説する事はナンセンスかもしれません。(惑うだけの言葉で満たしてしまい申し訳ありません)

米津さんの詩は、受け取り方次第で、色んな解釈ができ、米津さん自身、決めつけられる事を潔しとしないと思いますので、この文章は私の独り言のようなものです。


ただ、この曲を聴いて涙が溢れ、温かい気持ちになった事は、間違いありません。


そして、色々回り道をして立派になった今年成人になる息子と素晴らしい時間を持てた事に感謝します。


米津さんありがとうございます

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