新型コロナウイルス
日本は他の国に比べると検査のハードルが高い
熊本一例目の20代女性が重症化したケースでは医療機関をたらい回しにされたそうだ
国の検査能力が、検査対象患者数を下回っているため?いやいやそんなことはないみたいだ
実際、検査されている患者は非常に少ない
つまり、検査できるキャパはあるのに「わざと」していないってこと
ではなぜか?
日本でコロナウイルス陽性患者数が多くなると都合が悪い人がいるから
特にオリンピックを控えた時期なので、コロナ汚染が深刻という印象を各国に与えたくないのでしょう
自覚症状のないウイルスキャリアがいる事がわかっているのに、無作為検査を行わない事もこれが理由の一つじゃないかな?
コストの問題もあるかもしれないけど…
後、2週間が山場という政府の話だけど、2週間経ったら全例数報告の意味がなくなって(個人的には現段階でも無意味と思う)報道が下火になると計算してるんじゃないかな?
わざと感染者数を少なく見積もる(そのために検査のハードルを高く設定する)ことは、原発事故の「想定外」にも通じると僕は思う
政府お抱えの御用学者や御用医者は
原発は安全
コロナは毒性が低い
と呪文のように繰り返す
実際死んでいる人がいるのに、自分には関係ないんだね
原発事故の想定外はホントにそうなのか?
わざと想定しなかったんじゃないのか?
つまるところ、日本という国は、自分の身は自分で守らないといけない国なんだね
ウチの三男は、いつも米津玄師は優しいと言います
僕自身は今まであまりそういったことを感じなかったので、適当に相槌を打っていましたが
最近、彼の書く詩には、「全ての人の生き様を否定しない優しさが」あるように思えて来ました
言い換えると「〇〇すべき」や「〇〇であるべき」といった固定の概念を取っ払って、どのように生きようと「存在自体が尊い」という精神が根底にあるように思われます
「ポッピンアパシー」や菅田将暉に提供した「まちがいさがし」の詩の共通点はそういった部分でしょう
日本は少子化のため、親の期待を一人か二人で背負わないといけない世の中になっているので、余計に「〇〇になってほしい」や「大学は出ておくべき」などといった圧力を感じる子供たちも多いのではないでしょうか?
8050問題が社会問題化していますがこうでなければいけない、こうあるべきだという無言のプレッシャーが子供を追い詰め、引きこもりを生んだり、その引きこもりを解決できなくしてしまうように思います
LGBTを巡る米津玄師さんの発言が、彼自身そうではないかという疑念に変わった事がありました
彼はそんなことは気にするに足りないことだよと言ってくれているように思います
子供を産んで育てないと、生産性がないと切り捨てたどこかの国会議員がいましたが、そんなヤツの子に生まれなくてよかった
つくづくそう思います